ASAHIKAWA WOODWORKING

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旭川木工

北海道が開拓されたのは近代。その記憶が色濃く残っているからか、北海道に住む人たちは開拓者精神に誇りを感じています。旭川は冬は度々-20度を下回り、降雪量も多い地域ですが、そこに36万人の人が助け合って住む都市があります。そんな開拓の歴史の影響か、厳しい気候のおかげか、日本のほかの産地には見られないようなオープンな気質の職人さんが集う都市として成長してきました。そして、彼らは市場の変化に応じて、自分たちの技術を見直し、市場に適応させ、変化し続けてきました。
 
このサイトは、そんな彼らと彼らが作り出すものについて紹介するサイトです。最新の設備を使った大量生産から、すべてを手でつくっていくクラフト、または、その中間にあたる、多くの工程を手でつくりながらも製品としてのクオリティを保つ中量生産というレンジまで、多様な工場や工房、ブランドを紹介します。このサイトを通じて多くの人や商品の魅力を伝えることができるとうれしいです。

旭川木工の歴史

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旭川の発端は、世界に名を馳せるほどの良質材を育んだ、深く豊かな森林であり、1890(明治23)年に木挽場ができてから、木とともに成長してきた都市です。ナラ材など優れた家具材に恵まれていたほか、北海道の内陸という寒冷で乾燥のよい地域である旭川は湿度の高い日本で最も木材を保管するのに適した気候であり、世界中から旭川に良質な木材が集められてきました。また、歴史的にも洋家具の需要があり、多くの技術者や職人が移り住んできたことと、役所の木製品製造業支援策によって、家具生産の技術や産業が根付いてきました。

こうして旭川の木工は高い品質を求め,多様な技術を蓄積してきました。そして1960年代後半、家具需要が低下してくると木地挽き物職人など部品加工を行ってきた職人が自立的なビジネスを行いたいと考え始め、オリジナル商品を開発し始めました。それに引き続き、最初からオリジナル商品の生産を目的に独立した作家系のクラフトも生まれてきました。

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同じ時期、旭川市はデザイナー秋岡芳夫(あきおかよしお)氏に指導を委託し、年2回の講習会、展示会での講評、個別指導などの支援を積極的に行ってきました。この成果を背景として、現在まで多くのデザイナーやバイヤーを招聘し、多くのワークショップを開催し、デザインや展覧会などに助言をもらってきました。
 
現在も家具から始まり、多岐にわたる優れた木工製品を生み、学び合う産地として高い品質とデザイン性のある製品を生み続けています。